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コメントありがとうございます。

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お礼が遅くなり、すみませんm(__)m
今回、子供の誕生に伴い沢山コメントをいただきまして、ありがとうございました。現在、携帯からの投稿なので、おひとりずつに返事を省略させて頂いています。すみません。でも、コメントそのものは、きちんと読んでいますし、嬉しいです。これからも、また見守っていてくれたらありがたいです。
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by yagi35 | 2009-07-28 04:21 | 日々の出来事


授乳。

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出産して、最初に苦労するのが、授乳ではないだろうか。母乳が、順調に出る方は、飲ませる時間や、タイミングに神経を使うことが、わりに低いのかな。私みたいに、母乳は、いまいちで、ミルクをメインにしている場合は、基本は、三時間おきに飲ませるんだよね。これを病院では、きっちり管理されていたから、辛かった。深夜に行う授乳は、まさにこどもとの戦いもあるけど、自分の限界への挑戦くらいに感じます^ロ^;深夜1時に終えたあとは、4時迄の間と、それから、7時迄の間が体力、気力共にキツい。まだ、リズムがつかみきれていない私は、この間に、泣かれたりすると、ふらふらとした状態であやしています(@_@;)早く、慣れないかな~。少しですが、こどものリズムもわかりかけてきたので、、あとは、いかにリズムにのれるかよね。全国の新米ママ、頑張れ!
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by yagi35 | 2009-07-26 04:23 | 日々の出来事


退院しました。

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先週、18日に親子そろって退院しました☆実は、前日まで、医師より、こどもの体重が増えないようならば、暫く病院で預かると言われていました。出産後、一時減るのは問題ないのですが、この子は、ミルクをあまり飲んでくれない頃から、減り始めてしまったのでした。私も、体力がなくて、どうしようもなかったしね。でも、どうでしょう!退院前日、いったん自室に戻ってきたわが子は、今までにない勢いで、ミルクを飲みはじめました。母乳は、まだほんの数量なので、粉ミルクですが、病院で配られた、その日の目標70に近づく勢いで!これには、驚きました。一緒に帰りたいと思ってくれているかのようでした。そして、深夜、日付が変わった頃に夫が盛岡から駆け付けてくれました。土曜日18日となり、退院当日となった深夜、夫婦でわが子を見つめながら、朝には、三人で退院できることを夢見ながら、しばしの静かな時間を過ごしました。そして、朝、沐浴の後に計った体重がいくらかですが、増えていたということで、なんとか無事に退院の運びとなりました。うれし
かったですね~。一瞬、増えただけの体重かもしれない。けど、きっとこの子は、親の気持ちをわかってくれて・・・。あとは、私達が、リレーしてあげなくちゃ♪ 用意していた洋服は、まだ大きすぎて(´∀`)手作りしたおくるみは、暑い日でしたけど、使いました^ロ^; ちなみに、念のため、1週間後、再度病院にて、こどもの体重測定をすることになりました。増えていれば、問題ないらしいです。大丈夫よ、きっと大きくなっているはず。
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by yagi35 | 2009-07-24 13:00 | 日々の出来事


生後7日。

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今日は、出産から7日目。もう、1週間が経つのです。早かったような、長かったような。術後2日間は、自分の体調のケアだけで、限界まで苦しんだけど、三日目からは、早速、同室。早く、会いたかったけど、悲しいくらい、体が動けなかった。母の具合いがまだ完治していない為に、同室初日から、父が泊まり込んで、私のサポートをしてくれました。でも、やはり、子供に接するのは私だけなので、とにかく泣き続ける我が子と向き合って夜中、朝まで頑張ったけれど、なかなかミルクを飲んでくれませんでした。小さい口を更に、おちょぼ口にしたり、にっこりほほえんでいる我が子の顔をついつい眺めてしまう。結局、自分の体だけが、衰弱していくばかり。そして、同室三日目の夕方に医師から告げられました。『お母さんの体力が、限界に達しているようなので、今夜から夜以降の授乳は、病院側で代わりにおこないます』血圧も上昇、手足の浮腫みもひどく、更に熱もあった。そこに加えて、切開の切り傷、腰痛。ボロボロでした。その日の夕方に、新生児室へ連れていかれるの
をベッドから、見送るだけでした。何もしらないわが子は、いつもの微笑んだ顔をしたまま。それを見て、涙が溢れてとまりませんでした。ごめんね、お母さん元気がなくて。。母の気持ちになった瞬間だったかもしれない。それから二日間、夜は、離れていました。その間、私は、複数な気持ちにもなりながら、日中の授乳を大切にしながら、夜は、体を休めることに集中していました。おかげで、今日は、回復傾向になり、あとは、気持ちを持ちなおすだけ。しかし、問題は、子供にも発生していました。なかなか飲んでくれないミルクが影響して、体重が増えないのです。一時期、減るのは、生理的に問題ないのですが、わが子は、そこからも、なかなか増えないということで、順調な成長とはみなされないとの判断が、くだされました。私自身も、この1週間で、出産前の体重に戻っていました。七キロ減少。子供の体重が、退院の決断とされる為、予定では、明日、土曜日に退院予定とされているのですが、微妙な状況になっています。私は、多分、退院できそうなのですが、子供と一緒
に病院をでたいのですが、、、。今夜から、また同室再開しています。明日、一緒に退院できるように、今夜から、明日にかけての授乳は、とても重要になるんですけど、早々、急に沢山飲んでくれるわけないよなぁ。でも、あきらめずに明け方まで頑張っています。そんな母と子を心配しながら、病院へ向かっている夫の為にも。日付が変わりましたが、まだ夫は、到着していない。仕事を終えて長距離を運転して来てくれる。明日、三人で退院できることを夢みて。私も、これから1時の授乳をしつつ、夫の到着を待ちたいと思います。
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by yagi35 | 2009-07-18 00:12 | 日々の出来事


母乳。

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3日前に、ようやく胸に微かな張りを感じた私は、助産師に伝えると、母乳マッサージをしてくれるようになりました。毎回の授乳の流れとして、おむつ交換の後に、まずは、左右の乳房を含ませるようにと指導されていたけど、全くお乳なんてでないし、子供の口にあうわけもなく。ひたすら、吸わせる習慣の為に、嫌がる子供に無理に含ませるのが、見ていて辛い。そして、体力がない我が子は、左右5分ずつなんて含ませる時間をまともにやっていたら、次に飲ませる粉ミルクを飲むパワーがなくなって。。初めて同室生活になった日から、子供のミルク飲む量が、日々目標値より少ない。1日8回の授乳タイムがあるけど、まず、母乳は、昨日まで、数滴だけだったので、全面的に粉ミルクで、カバー。そのミルクを飲み干す力がないわが子。その間、私なりにできることとして、母乳マッサージをしていました。三日前から、日中や、夜に、助産師さんにチェックと、マッサージをしてもらい、ようやく今日初めて瓶に絞れる程度の量が出ました。たった15CCだけど、初乳は
黄色で、免疫力が高い。貴重です。昼間の授乳タイムに飲ませました。マッサージは、本当に辛いね~。しかし、子供のため、耐えましたよ。おかげさまで、もう少しで、開通?しそう。あきらめずにこれからもマッサージを続けて、そうとおくない日には、母乳で、授乳できたらうれしいな。
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by yagi35 | 2009-07-17 23:16 | 日々の出来事


祝い膳。

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昨日、16日の夕食に出されました。母乳を与えたいと思っている私の場合には、甘いものは、厳禁なんだけど、この祝い膳だけは、特別。味わいました。へその緒も取れました。まだ私の手よりも小さい。ただでさえ、小さな手の私。本当に小さい。考えてみたら、まだお腹にいるはずだったんだもんね。ちょっぴり淋しかったのは、一人きりで祝い膳を食べたことでした。早く、家族で食事したいなぁ。。
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by yagi35 | 2009-07-17 20:38 | 日々の出来事


新しい家族の証

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先日、病院より出生証明書を頂きました。こちらを添付して、必要書類を役所に提出すると、晴れて私達夫婦の子供として認知される。第一子、長女として・・・。感慨深いなぁ。名前も決りました。古風な感じかな(´∀`)彼女、気に入ってくれるかしら。
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by yagi35 | 2009-07-17 17:06 | 日々の出来事


同室開始!

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出産から三日目の13日。遂に親子同室になりました。あまりにも簡単な授乳、おむつ替え指導だけだったので、不安いっぱい。しかも、私には、腰痛、切り傷のハンデがあり、まさに最悪スタート。布おむつで対応の病院です。いろんな不安をかかえつつ、挑戦中。体がこんな感じなので、一度ベッドに横になると、再び起き上がるのが至難の業。そんなこともあり、椅子に座布団を背中にセットして、少しでも、楽な体勢を作り、深夜からの授乳に挑戦。初めての授乳は、まともに横になれないね(笑)初日の今夜は、なんと父が泊まってくれています。母が、まだ完全に復活していないため、娘の育児に協力してくれてます。ひとりでいるより、とても安心できます。明日の朝まで、父が見守っているなか、乗り切るわ。これから、深夜、一時の授乳タイムを迎えようとしています。。
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by yagi35 | 2009-07-14 00:47 | 日々の出来事


術後、初めての再会

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今朝、7時前。初めて子供がいる新生児室まで、頑張って歩きました。夫と二人、窓越しから、我が子をみることが出来ました。ちょうど授乳時間が終わる頃だったらしく、我が子も、飲み終えて、助産師さんがゲップをさせているところでした。出産した瞬間にわずか数秒の対面でしたから、改めて我が子とゆっくり対面したようなものでした。涙が溢れて止まらなかった。夫に背中をさすってもらいながら、しばし感動の再会でした。名前がまだ決まっていないので、呼んであげられないのが淋しいけれど、二人で、そっと窓越しから囁きました。 ‘お父さんですよ~、おかあさんですよ~’
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by yagi35 | 2009-07-12 19:18 | 日々の出来事


峠を超えた心境

出産から、二日目を迎えた今朝は、昨日までの壮絶な状況とは一変したことを身体全身で感じています。4時半前に目覚めましたが、昨晩は、20時すぎに寝る態勢で目を閉じてから、一度も起きることがありませんでした。前日とは、比較にならない激変ぶりに、自分自身、暫く実感するまでに時間がかかる程でした。全身から、すべての辛さが取りのぞかれたような、ベッドに身体全身が張りついて、完全に熟睡しました。更には、出産したことさえ忘れてしまうくらいに、すべてがリセットしているような気持ちになっていたのです。同じ部屋には、わずかな空間に、折り畳みの小さなベッドに窮屈そうに眠っている夫がいます。疲れきっています。しかし、その様子を見ても、いまいち、ピンと来ないくらいに、今朝の目覚めは、私の全身に新しい何かが注ぎ込まれていて、昨晩までの過酷で、辛い体験が過去のものへ移行していました。それは、もちろん素晴らしいことであり、私にとって相当な自信回復に繋がるものでした。とっても、とっても嬉しくて感動する朝の目覚めとなりまし
た。包丁でお腹を切り開かれた感覚、力をいれようも、いれたら最後、包丁が刺さったままの状態で、切り裂かれていくような状態が継続しているようで、とても動けるような状態ではない。また、じっとしていても、とにかく激痛で、ベッドでも地獄。常に引きさかれているような。1日二度までの鎮痛剤でも、効き目なく。さらには、手の浮腫みが悪化。点滴も漏れていたようなんですが、特に右手がグローブのようになってしまい、見るのも酷い。そんな中、出産翌日の昨日は、私の症状に関係なく、立ち上がり、動くことをしきりに指導、自力での尿排泄。ベッドから、起きることがまず至難の業。激痛が全身に、特にお腹を曲げるわけで、そのたびに横に包丁がはさまっているような状態。体が震え、声をだすこともできず、長い髪は、おばけのように垂れたまま。視線が定まらない。筋力も発揮できず、すべての回路がストップしてしまいました。泣きたいよりも、辛い心境でした。母になった自覚など全く持てない状況でした。自力で生きていけるだろうかというレベルにまで来
てしまった。一番心配していたケロイドのことは、もう余裕ありません。当然、傷口など見るのも恐ろしい。尿の排泄も、壮絶なものでした。尿管を取りのぞき、自力で行うには、まずトイレまで移動しなければならないし、尿管を入れていたので、激痛があります。術後の自力排泄には、時間と痛みが伴います。必死に移動し、すでに激痛が体を消耗している段階になっているところから、排泄行為と格闘。まだ点滴だけの水分だったし、少しでも力むと傷口と尿管がキリキリ。何度も助産師走に確認されながら、二時間後に奇跡の排泄。本当に感動でした。その後も、初めてだらけは、続きました。排泄後のケアも一苦労。衛生面に気を付けるため、ナプキンやら、洗浄綿などの使い方に衰弱しきった体は、なかなか反応できず、しばしトイレで呆然。夜は、また傷口が更に痛み、自分に限界でした。二日間、泊まり込んでくれていた夫も、心配し続けて疲労もピーク。それでも夫婦で、言葉を掛け合い、子供の写真を見て、元気をもらい続けました。現実として、出産して二人とも晴れて親に
なったわけですが、まずは、私の体調回復のことだけで、二人は必死にでした。そして、疲れ果てていました。実は、血糖値の再検査の結果を聞く日は、金曜日ではなかったのです!私が勘違いをしていたようで、来週の水曜15日だったことに気付き、一緒に来てくれた父に勘違いを詫びたのでした。でも、結果が出ているかもしれないし、奇遇というか、その朝、感じたことのない感覚をお腹に感じたこともあった為、急きょ、その理由で診察受付をすることにしたのでした。予約が優先なので、ひたすら待ち続けました。しかし、二時間を経過した頃、私のお腹を張りを感じ、座っていることに辛さを感じたので、助産師さんにお願いして、安静にさせてもらえるように場所を作ってもらいました。そこまでは、結構、淡々とした対応をされていた私ですが、私の番が来て、血糖値の結果を聞いた後に、少し体調がすぐれないことを伝えた瞬間から、事態が急変したのでした。念のために確認しましょうと医師がエコー検査、助産師が心電図。エコー検査で、医師の表情が変わったのです
。二度確認した後に、危険があると。突然のことで、把握できませんでした。後に、改めて医師から説明されたときに、自分が『常位胎盤早期剥離』であったことが分かりました。といっても、どんな事が起きているのか分かりませんでした。ただ、ただ、一刻を争う可能性があると医師が連呼するため、状況は、すぐさま緊急入院となりました。それからは、もうドラマのようでした。遠方に出張していた夫に急きょ、連絡をして、動揺してしまった夫。家族で慌しくなりました。まだ、夕方迄の時点では、即、手術とは決定されていませんでしたが、準備だけは、着々と進んでいきました。検査に回され、自分でも、徐々におかれている状況を認識するようになり、夕方に正式に手術が決定されると、夫に再度連絡を入れて、夫も急きょ、駆け付けることになりました。手術は、スムーズに進んでいきました。ただ、下半身のみの麻酔だったので、非常に不思議であり、違和感が募っていきました。手術台の照明にぼんやり映る手術状況。自然分娩とは違い、陣痛や、苦しむ経過がないため、出
産の意気込みが不完全燃焼であったことは否めなかったですね。でも、帝王切開は、出産後が苦しむ確率が高いようです。私もそのひとりに(´Д`)そして、取り出して頂いた瞬間、元気な声を上げた我が子。暫くしてから、助産師さんが、子供を見せてくれました。涙が溢れて、その瞬間、これまでの長い長い道程が走馬灯の如く駆け巡りました。そんな時、そっとスタッフの方が涙を拭いてくださって。残念ながら、夫は、移動中でした。でも、喜びには変わりありません。22時前に到着。ベッドでの再会となりました。まさか、里帰り後の最初の再会が出産後になるとは・・・。術後は、私の家族に見守られながら、病室へ。そうして、私の母になる為の日々が始まったのです。二日目の朝が、こうして迎えられたことに感謝で一杯です。今日から、やっと母になるための気持ちになりました。
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by yagi35 | 2009-07-12 19:02 | 日々の出来事

    

夫の転勤先「盛岡」で家族時間を大切に過ごしてます。since2005
by yagi35
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